今日の山梨の気温は40度。台風13号も発生したらしい。まあ私には関係ないけど

 

入院生活もだんだんしんどくなってくる頃かなと思ったらやっぱりそうだった

悪い予感で大抵あたってしまう。でも社会心理の授業で「人間は思い込みで自分をコントロールしてしまう」と聞いた。"なっちゃった"じゃなくて、"しちゃった"ってこと

 

私は昔から被害念慮がものすごい

だから人に何か1つ否定されると全否定されたと感じてしまう。自分でもわかっているが思想のコントロールは難しくてなかなかやめられない

 

看護師は私たちを精神異常者として扱うから人権を失った気持ちになる。看護師さんに何か言わるとすぐ泣いてしまう。患者さんに理不尽にキレられても泣いてしまう。患者さんはそれが病気で入院してるとわかっているのに、何故か自分を責めて泣いてしまう。精神病棟への入院てなんか修行みたいだ

 

それも捉え方の違いかもしれないけど、複雑骨折で入院してその足を蹴られ続けてる感覚。

 

病気に対して怒ることで病気が治るわけじゃない、むしろ悪化すると思う。社会に適合できなかった人間に社会不適合って言うのもおかしいよ。看護師は弱化の随伴性で患者をコントロールしがち。気持ちはひとそれぞれだから仕方ないと思うけど。でも入院中に怒られるという行為が私にとって嫌子となっているなら意味がない、今はトイレに行くことも怖くてなんか泣いてる

心境

 

昔のブログを読み返した。ちょうど一年前、保護入院する前の記事とかは病みすぎてて相当大変そうだな、保護入院て本人の意思は無視されるいわゆる半強制入院

 

そして今年、また、精神が異常気象を起こして入院した。今回は任意入院らしい。搬送されて気づいたらここにいたので正直まだ実感がない。任意のはずなのに保護や措置みたい。でも思ったのは入院制度での看護師の対応の差。お前らすごいなって感じ

 

社会に出ると社会不適合と言われるのに、病棟に入って患者さんを見ると不覚にも自分なんてまだまだ大丈夫じゃんと思ってしまう。だからこそこの中途半端なところにいる自分が生ぬるくて気持ち悪い

 

私は統合失調症なわけでもないのに

任意入院のはずが私は書類にサインすらしていないし

 

これも全部親のエゴなのかと思ってしまった

私の両親は私のことをすごく愛してくれる、過保護なくらいに大好きでいてくれる。わたしも2人が大好き。お父さんと2人でディズニーに行ったら映画見に行ったり、2人で服を見に行ったりする。お母さんとはいつも遊んでて最近はよく新大久保に行く。毎日面会にもきてくれる、わたしの好きなブランドも2人の影響

 

そんな両親でもたまに憎くて憎くてたまらなくなる時がある。愛されすぎて好きすぎてそれ以上の感覚を知ってしまうとそこにはアメーバみたいな言葉にならない感情が存在する。好きな歌手がそんなことを言っていて自分にはないと思っていたが自分にもあった、最近気づいた。愛も憎悪もぜんぶそこにある。だから言葉にすると全部が壊れる

 

わたしには4つ上の姉がいる。お姉ちゃんはわたしの分身みたいなもので悪く言えば共依存。辛いも楽しいも全部一緒に感じてきた。その場にいなくてもお姉ちゃんが辛ければわたしも辛いし、お姉ちゃんが嬉しいと多分わたしはそれ以上に喜ぶ。私の全てを受け入れてくれるお姉ちゃんは私の唯一の理解者で生きてる意味

 

だからわたしはまだまだ生きるしきっと誰より生きたがってる

 

入院生活は暇だから人間観察論文を書こうと思う。理不尽な看護師がいたからそれがきっかけ。対象は患者と看護師、たまに主治医とカウンセラーも例外として加えたい。目的と内容は"患者対看護師の関係性"と"それぞれの人間性"、"看護師から患者への対応の違いとそれによる影響"をグループ分けして見て生きたい。それを通して自分のなりたい人間像を作る、あくまで人間観察なので利己的見解は含まないものとする。

 

この生活も人生だし無駄にならないように職場体験だと思って適当に過ごすつもり

 

 

3日前、薬をたくさん飲んだらしい、抗精神病薬抗不安薬抗うつ剤睡眠薬全部で60錠ほど飲んで首吊りをくりかえしていたみたいだ。でもやっぱり怖かったの苦しかったのか、警察やお姉ちゃんに止められ私は今生きている。周りの人間が生きてと言ってた、そして今もこうやって小さな画面に向かって気持ちを綴っている。なんだ変だよ気持ち悪い

 

警察が来て、パキッていた私は"誰ですか?そうですかしね"と言ったらしい。それでも警察は業務的な態度のまま救急隊とともに私を担架で運んでくれた。そのまま世田谷の病院に運ばれたらしい。丸一日意識を失い、目が覚めた時には地元の病院のベットで点滴につながれていた。

 

やっと意識が戻った昨日、主治医に2ヶ月ほど入院と言われた。一時的な保護だと思っていた私はトラウマで頭がいっぱいだった。監視カメラと盗聴器のついた部屋、鍵のかかったトイレ、体重の管理、電子機器も持ち込み禁止。どうしようどうしよう。でも前とは違う病院で主治医も優しい先生だった。保護室入院はなんとか逃れられたものの精神病棟への入院に「またか」と思ってしまった

 

おそらく私は死にたかったのだろう、何もかも嫌になったのだろう、ここ数週間"死ぬ"という選択肢が常に自分の中にあった。友達に遊びにに誘われても"生きてたらね"って心では思っていた。死はわたしのおまもりだ

 

私は死にたいという感情を愚かなものだと思っていない。どうして生きることが100%正しいのかがわからないから。「死にたい」=「ディズニー行きたい」そんな感じ。

 

生まれたことに感謝しろだなんてそんなの初期装備が整っていて生きることに意義を感じる人間の戯言にしか聞こえない。

「死んだら皆んなが悲しむよ」とか「生きたくても生きられない人がいる」とかそれは残された側の気持ちであって、私は私のやりたいことをするために生きている。

 

私の住む世界が地上だとしたらみんなの住む世界は地獄かもしれないし天国かもしれない。その逆だってある。生きたい人はたくさんいる、死に物狂いで涙を浮かべて生きている人もたくさんいる。

でもさ、此の期に及んでまで、なぜ私は人に同情しなくてはならないのだろうか。なぜ「死ぬのは愚かだ」と言う人間のエゴに向き合わなければいけないのか。なぜ、生きたい人間の気持ちに基準を合わせなくてはいけないのか。つらくて疲れて明日が怖くて、それでもなお生きたかった人のために私は自分の命を延長しなくてはいけないのか。わからない。

 

皆んなが走るレールから外れた人間が非難される人生なんてどう考えても生きづらい、それにその列車から途中で降りることが許されない人生もどうかしてる

 

私たちは産まれた瞬間から生きることを強要されて生きてきた。根本にはいつも生きることが強要されている。そして自殺願望者はは非難され、死ねば労われる。おかしい

 

死んだらそれで終わりだ辛いことからも解放されるとともに、これからの幸せを手にすることもできない。

でも、もし、考え方に余裕が持てるなら考えてみたい、今私を悩ませていることは死ななければ解決しないことなのか。それは「復讐のために死ぬ」ということなんじゃないか、もし「自分のためだけに生きる」を選択したら人生はもっと楽になるのではないだろうか。人は死んじゃダメだと思うから辛くなるし死にたくなる

 

考えに考えてそれがベストアンサーなら私の人生は最高だ。「どうせ死ぬ」なんてマイナスな言葉じゃないだってどうせ死ぬし

メンヘラはきもいとかうつ病は甘えなんていう人はたくさんいる。人はマイナスな意見に目を向けがちだけどその分悩んでる人もたくさんいる。そのなかでお互いが寄りそって共存できたらいいのにね

 

病棟には色々な人がいて、私の隣のベッドのおばあちゃんは1日中正座をしている。おはようって言っても私に気づきもしない。廊下を何往復もするおじいちゃんもいれば3時間かけてお茶を飲む男性、何度も何度も手を洗うおばちゃんもいる。それすらもきもいの一言でかたづいちゃうのか。彼らは「考える」ことすら出来ない。当然「死ぬ」と言う選択肢も浮かばないまま生き地獄で苦しんでいる。苦しんでいることさえわからない、見ている私は悲しいと感じた、でも実際本人がどう思ってるかなんてわからない。死にたいといった私はすきな人とディズニーに行く予定にワクワクして生きる気満々。めちゃくちゃに生を感じた。同時に欲深自分が恥ずかしくなった。

 

 

「死」をお守りにする。人生は死ぬことを選択肢に入れた途端ずっと楽になる、選択肢も広がる。「死ぬ=自分のために生きる」ことだと私は思う。死ぬことを許した時、人はずっと強くなれると思う。守らなきゃいけないもの、貴方が背負ってきた荷物も全部なくなるから。要するに死にたくなったら死ぬ前にとりあえず全部捨てちゃえってことだ

場合による

 

人に向けた好意を迷惑だと跳ね返された場合。

 

私はきっと悔しいと感じるだろう。そして持っていた行為の片隅に”復讐”を覚える。

こんなこと書いてる今だってしょうもない自分と戦いながら、疑心暗鬼と戦いながら、しょうもない君とまたどこかで交われるように、願っているのかもしれない。

努力という名のエゴが、報われると信じているのだと思う。

 

好きという気持ちは必ずしも嬉しいとは限らない。

”好き”が正解だと定義づけられた世界に生まれてきてしまっただけであって、受け取る相手によっては迷惑行為にだってなりうる。

 

不必要なものの管理を任されている。そんな被害的な感覚

 

また一人ぼっちの世界に来た。
私を認めてくれる人、必要としてくれる人を失った、私はいつもこう思っていた
でもよく考えてみると、私が必要としていたものは自分に向けられる視線や好意であって、人間ではなかった
人から与えてもらう自分の価値に飢えていた
自分と向き合うことから避け続けて、他人からの評価、それが自信なのだと信じていた
良い意味でも悪い意味でも、自分を物体として捉えず常に浮遊している流動体のようなものだと思っていた。
同時に私は人を「一緒に過ごしていく中で楽しかったり時には苦しかったり経験の幅を広げてくれる存在」ではなく、自分の承認欲求を満たすための道具だと勘違いしていた。
しかしただ自分の間違えがわかっただけで正解がなんなのかわからない。だから余計に悔しくてむしゃくしゃする、ずっと何年間も暗いマンホールの中をふわふわ上がったり沈んだりしている

未読無視

なにかを大切にすることの定義が私にはよくわからない

大切なものは守っておきたいし危害を加えられないよう十分な縄張りを張る、今までもそうしてきたつもりだ

その外野との壁がいくら高くたって厚くたって気にしたことなんてなかった。だってわたしは大切なものを守っているつもりだったから

大切なものは脆くて苦しくて愛おしいものだからそれ以外の感情なんて入ってくる余地がない、きっと崩れて周りにバレてしまうと思った

何かを大切にしようとするときは理性などなく、あるのはただの嫉妬だったりそれを覆い隠すために取る行動だったりする。私たちはそれを正義感だと信じ、その反面自己満足だということもわかっている

大切にしなければと義務付けられるものではないしそこには理性など一切ない

あるのは衝動とか本能とか、内から湧き上がってくる感情に素直な自分だけなのだと思う

わたしにとって大切なものを大切にするの形がこれであるなら大切にすることの10倍は傷つけてしまうことになる

相手を思いやることに自分の欲なんて紛れさせてはいけないのかもしれないけど、ただ相手の幸せのためだけに生きるなんてことは今のわたしにはできそうにない

自分も幸せになりたいと思う邪念があるから

相手にそれを伝えなかったとしてもペナルティを課せたりどこか下心が見え隠れしている、見えないように必死に隠している、バレていることにも大抵気づいていないのだろう

どこにでもいる女子高生と同じ自分に何故かがっかりした

 

あたしにとってヒーローなんていません

あたしにとって人間はみんな人間で同じだ

ヒーローの役なんてあたしにもできる

だからずっと昔から、どん底にいるときは自分を掘り下げて掘り下げて新しい自分とこんにちわしてお友達になるんだ

お友達になる子は大抵ネガティブで人生もハードモードみたい、似た者同士だからぶつかり合いばっかり

イージーモードな人生なんて本当にあるのかわからないけどね

でもたまにポジティブな子がいる

だから大抵はそういう子にヒーローの役をやってもらうんだ

最近会えた子はポジティブな子たちが多くてね、ネガティブちゃんたちにはあんまり会えなくなちゃった

でもたまにすごく悲しそうに笑う子がいたり、言っていることと脳みその中が真逆な子がいたりする

素直になることが怖いのは前から変わらないみたいだ

好きなお友達にはたくさん贅沢させてあげるからこれからもたくさんあそぼうね