負け犬論

あくまで独り言

場合による

 

人に向けた好意を迷惑だと跳ね返された場合。

 

私はきっと悔しいと感じるだろう。そして持っていた行為の片隅に”復讐”を覚える。

こんなこと書いてる今だってしょうもない自分と戦いながら、疑心暗鬼と戦いながら、しょうもない君とまたどこかで交われるように、願っているのかもしれない。

努力という名のエゴが、報われると信じているのだと思う。

 

好きという気持ちは必ずしも嬉しいとは限らない。

”好き”が正解だと定義づけられた世界に生まれてきてしまっただけであって、受け取る相手によっては迷惑行為にだってなりうる。

 

不必要なものの管理を任されている。そんな被害的な感覚

 

また一人ぼっちの世界に来た。
私を認めてくれる人、必要としてくれる人を失った、私はいつもこう思っていた
でもよく考えてみると、私が必要としていたものは自分に向けられる視線や好意であって、人間ではなかった
人から与えてもらう自分の価値に飢えていた
自分と向き合うことから避け続けて、他人からの評価、それが自信なのだと信じていた
良い意味でも悪い意味でも、自分を物体として捉えず常に浮遊している流動体のようなものだと思っていた。
同時に私は人を「一緒に過ごしていく中で楽しかったり時には苦しかったり経験の幅を広げてくれる存在」ではなく、自分の承認欲求を満たすための道具だと勘違いしていた。
しかしただ自分の間違えがわかっただけで正解がなんなのかわからない。だから余計に悔しくてむしゃくしゃする、ずっと何年間も暗いマンホールの中をふわふわ上がったり沈んだりしている

私が好きなもの

 

王子様は言いました、

薄汚い子羊め、お前のようなコソ泥に物語の続きはふさわしくない。と

私の王子様はどこに行ってしまったの、町娘は自分の不甲斐なさを嘆きました

2人の物語は佳境に入るところでした

ところが物語は一変し善人悪人の区別もつきません

主観者が変われば王子様は悪役にだって変わってしまう

人生、私の人生

とは

先入観、偏見、美化された自己嫌悪、買いかぶってるあの子、ひねくれたマイノリティ

これらがいつだって核にある

非常に不幸な脳みそだこと

不幸な感情感覚

感性なんて豊かなものどこにもありゃしない今だってこうやってあたしは自分を肯定し続ける

ネガティブさえも肯定し続ける

酔いしれてるかわいそうでしょう?あたし可愛そう?嘘や偽りが私を作る、どこかで客観視している私の実験台になる、それらによって作られた私はすでに時代のロボットになってしまった

ああいつになったら人間として生きられるだろうか。幼女が鍵をかけたガラス張りのショーケースの中で私は長く嘆き続ける死ぬまで嘆き続けるのだ

エミリー早くここから私を出して

未読無視

なにかを大切にすることの定義が私にはよくわからない

大切なものは守っておきたいし危害を加えられないよう十分な縄張りを張る、今までもそうしてきたつもりだ

その外野との壁がいくら高くたって厚くたって気にしたことなんてなかった。だってわたしは大切なものを守っているつもりだったから

大切なものは脆くて苦しくて愛おしいものだからそれ以外の感情なんて入ってくる余地がない、きっと崩れて周りにバレてしまうと思った

何かを大切にしようとするときは理性などなく、あるのはただの嫉妬だったりそれを覆い隠すために取る行動だったりする。私たちはそれを正義感だと信じ、その反面自己満足だということもわかっている

大切にしなければと義務付けられるものではないしそこには理性など一切ない

あるのは衝動とか本能とか、内から湧き上がってくる感情に素直な自分だけなのだと思う

わたしにとって大切なものを大切にするの形がこれであるなら大切にすることの10倍は傷つけてしまうことになる

相手を思いやることに自分の欲なんて紛れさせてはいけないのかもしれないけど、ただ相手の幸せのためだけに生きるなんてことは今のわたしにはできそうにない

自分も幸せになりたいと思う邪念があるから

相手にそれを伝えなかったとしてもペナルティを課せたりどこか下心が見え隠れしている、見えないように必死に隠している、バレていることにも大抵気づいていないのだろう

どこにでもいる女子高生と同じ自分に何故かがっかりした

 

人生

ずっと欲しかったもの知りたかったもの

本能でそれを感じたとき鳥肌がたった

夢とか希望とか何かに成功した時ってこんな気持ちになれるのかなあたしまたこういう気持ち知りたい

あたしにとってヒーローなんていません

あたしにとって人間はみんな人間で同じだ

ヒーローの役なんてあたしにもできる

だからずっと昔から、どん底にいるときは自分を掘り下げて掘り下げて新しい自分とこんにちわしてお友達になるんだ

お友達になる子は大抵ネガティブで人生もハードモードみたい、似た者同士だからぶつかり合いばっかり

イージーモードな人生なんて本当にあるのかわからないけどね

でもたまにポジティブな子がいる

だから大抵はそういう子にヒーローの役をやってもらうんだ

最近会えた子はポジティブな子たちが多くてね、ネガティブちゃんたちにはあんまり会えなくなちゃった

でもたまにすごく悲しそうに笑う子がいたり、言っていることと脳みその中が真逆な子がいたりする

素直になることが怖いのは前から変わらないみたいだ

好きなお友達にはたくさん贅沢させてあげるからこれからもたくさんあそぼうね

あんたの生き方はかっこいいし羨ましいだから憎いんだよ、全てに嫉妬するんだよ
ある種芸術的でいつも誰かの主人公になれちゃうから
結局今輝いてる人って自分を1番に信用してあげられてる人なのかな
クズの裏側には色んなものがあってやっぱり人間って鏡だから背景はすごい壮絶だったりする
何も知らないまま過ごすのは癪だ
全部否定してたのも悔しかったからかもしれない幻かな大切なのかも

だってね本能がずっと好きって言ってる