負け犬論

あくまで独り言

私が好きなもの

 

王子様は言いました、

薄汚い子羊め、お前のようなコソ泥に物語の続きはふさわしくない。と

私の王子様はどこに行ってしまったの、町娘は自分の不甲斐なさを嘆きました

2人の物語は佳境に入るところでした

ところが物語は一変し善人悪人の区別もつきません

主観者が変われば王子様は悪役にだって変わってしまう

人生、私の人生

とは

先入観、偏見、美化された自己嫌悪、買いかぶってるあの子、気取った思想

これらがいつだって核にある

非常に不幸な脳みそだこと

不幸な感情感覚

感性なんて豊かなものどこにもありゃしない今だってこうやってあたしは自分を肯定し続ける

ネガティブさえも肯定し続ける

酔いしれてるかわいそうでしょう?あたし可愛そう?嘘や偽りが私を作る、どこかで客観視している私の実験台になる、それらによって作られた私はすでに時代のロボットになってしまった

ああいつになったら人間として生きられるだろうか。幼女が鍵をかけたガラス張りのショーケースの中で私は長く嘆き続ける死ぬまで嘆き続けるのだ

エミリー早くここから私を出して

未読無視

なにかを大切にすることの定義が私にはよくわからない

大切なものは守っておきたいし危害を加えられないよう十分な縄張りを張る、今までもそうしてきたつもりだ

その外野との壁がいくら高くたって厚くたって気にしたことなんてなかった。だってわたしは大切なものを守っているつもりだったから

大切なものは脆くて苦しくて愛おしいものだからそれ以外の感情なんて入ってくる余地がない、きっと崩れて周りにバレてしまうと思った

何かを大切にしようとするときは正義感なんてなくて、あるのはただの嫉妬だったりそれを覆い隠すために取る行動だったりする。私たちはそれが自己満足だということもわかっている

大切にしなければと義務付けられるものではないしそこには理性など一切ない

あるのは衝動とか本能とか、内から湧き上がってくる感情に素直な自分だけなのだと思う

わたしにとって大切なものを大切にするの形がこれであるなら大切にすることの10倍は傷つけてしまうことになる

相手を思いやることに自分の欲なんて紛れさせてはいけないのかもしれないけど、ただ相手の幸せのためだけに生きるなんてことは今のわたしにはできそうにない

自分も幸せになりたいと思う邪念があるから

相手にそれを伝えなかったとしてもペナルティを課せたりどこか下心が見え隠れしている、見えないように必死に隠している、バレていることにも大抵気づいていないのだろう

どこにでもいる女子高生と同じ自分に何故かがっかりした

 

人生

ずっと欲しかったもの知りたかったもの

本能でそれを感じたとき鳥肌がたった

夢とか希望とか何かに成功した時ってこんな気持ちになれるのかなあたしまたこういう気持ち知りたい

あたしにとってヒーローなんていません

あたしにとって人間はみんな人間で同じだ

ヒーローの役なんてあたしにもできる

だからずっと昔から、どん底にいるときは自分を掘り下げて掘り下げて新しい自分とこんにちわしてお友達になるんだ

お友達になる子は大抵ネガティブで人生もハードモードみたい、似た者同士だからぶつかり合いばっかり

イージーモードな人生なんて本当にあるのかわからないけどね

でもたまにポジティブな子がいる

だから大抵はそういう子にヒーローの役をやってもらうんだ

最近会えた子はポジティブな子たちが多くてね、ネガティブちゃんたちにはあんまり会えなくなちゃった

でもたまにすごく悲しそうに笑う子がいたり、言っていることと脳みその中が真逆な子がいたりする

素直になることが怖いのは前から変わらないみたいだ

好きなお友達にはたくさん贅沢させてあげるからこれからもたくさんあそぼうね

あんたの生き方はかっこいいし羨ましいだから憎いんだよ、全てに嫉妬するんだよ
ある種芸術的でいつも誰かの主人公になれちゃうから
結局今輝いてる人って自分を1番に信用してあげられてる人なのかな
クズの裏側には色んなものがあってやっぱり人間って鏡だから背景はすごい壮絶だったりする
何も知らないまま過ごすのは癪だ
全部否定してたのも悔しかったからかもしれない幻かな大切なのかも

だってね本能がずっと好きって言ってる

ツイッターが、インスタグラムが大好きな場所や服が私を殺していく

まぎれもない欲と決まって襲ってくる嫌悪感

過ぎ去った後の虚無感なんて計り知れやしないのに私はそこでしか生きられない、彼らに生かされているのだ

SNSにつけられた傷をまたSNSで癒し他で拭えなかった涙も放り込み押し付ける

やめてしまえばいいと誰もが言う。でもここから離れるということは、居場所を自ら無くし、水も草もない砂漠に出向き、そこで自分自身を殺せ。ということなのだ

私は刺激のない世界では息ができない汚れた獣なのかもしれない

 だから私はスラム街の中から必死でダイヤモンドを見つけ出し握りしめ安心する。それを毎日繰り返す。

周りはなにか不思議なものを見たような、どこか私を哀れむような目をして言った、「その割られたガラス瓶の破片が何の役に立つの」と

抹殺

死にたい気持ちとか私の中の不甲斐なさとかたまーに高くなるモチベーションとか全部を私の味方にできたらいいなと思う、なに1つ無駄なんてないなら、いっこいっこが大切なら、無農薬のまま何も取り除かない状態で全部取り込んで愛してあげたい。それができるならなんだってやるし何も怖くないよ

生きるのがへたっぴな人間は浮かんでくる感情に都合よく対応するだけで今よりずっと生きやすくなるのかもしれない。上司のしょうもない自慢話とか興味のない同級生の恋バナ聞いてる時みたいに自分のネガティヴな感情ともテキトーに付き合っていけば楽なのかもね

嫌いなものに真剣に向き合って好きになろうとしたってどうにもならないだってどうやったって嫌いで嫌いで大嫌いだから今までなにも解決しなかったんじゃん、それを捨てなきゃ一生そのモヤモヤは一生つきまとってくるよ

嫌いなものも不必要なものも全部断捨離してしまおう

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