負け犬論

あくまで独り言

寂しさが自分をダメにしちゃう

寂しさを埋めるための代償がただの自傷行為でしかなくなってきた。日常不可欠な行為になってしまってる

寂しさと孤独だけならいいのに、周りにも迷惑をかけてしまう

寂しい時間を埋めるためにバイトをするけどちゃんと出来なくて、自己嫌悪。人間関係でストレスなど

そこでまた自分の嫌いな自分が出てきて

その自分のな行為が私の孤独を作るし

それを人に言えないから私が孤独作ってしまう

自分がしんどいとき

どう頼っていいのかわからなくなる

自分が透明になっちゃいたいけど

辛かったことと戦って今があるから

前は頑張っても何もなかったけど

今はちゃんとつかみに行ってるから

努力は違う形でもちゃんと報われかも

今は一時的なものだよね、私はもうすぐ幸せなるかられ

今まで自分に対してから回ってきてたんだから、ネガティブ感情は180度思考を変えましょう

やるべきことは起きたらなんだかんだできているしそれだけで偉いね

 

何もない部屋で一人で何をするわけでもなく耳を塞いで時計の針を見て時間が過ぎるのだけを待って24時になったら今日もまた命を延長できたことに安心する、けど一日何の成果も得られなかった自分を責めてそこから地獄の24時間がまた始まる

自分のために自分の労力や他人の労力を使いたくないから誰にも迷惑をかけないで誰にもバレない方法で自分を殺しまくって、加害者にも被害者にもなることで安心する

私は誰にも傷つけられないし私は誰も傷つけていない今日も自己完結できた

私を傷つけられるのは私だけだし私が傷つけることができるのも私だけ

とか思いながらマイスリーを飲んで電気を消す

何もなかったことにするために何度も体と顔を洗って部屋を片付けて血が出るまで歯を磨いて手洗いでボロボロになった手にクリームを塗って布団に入る、最後にお母さんに今日もごめんなさいって言う

一日を終わらせる準備は起きた時から始まってる今日はいつもより早く今日が終わればいい

社会そのものとの調和、道を歩くこととか電車とか信号とかいつからこんなに難しいものになったのか

私が社会を受け入れられないから社会不適合とかいう言葉を使って逃げてることも悔しい

どんなにぼろぼろになっても自分の大好きや大切を本物にするまで図太く生きるけど

1ヶ月半の入院生活が終わった

 

私は私を少しでも許してあげられたかな

もう逃げとかそんなん結果自分が楽だったらなんだっていいじゃん

人間の美徳とか真面目で誠実な筋の通った人間とか

マジで気持ち悪い

他人の評価越しの自分なんか無視しちゃえば

もっと前から楽になってたのかもな

他人に意見するとき自分に対して後ろめたいことがあるのね

ずっとそんな不甲斐なさとにらめっこしてちゃ疲れるよね

私もなんだけど

 

死にたいって思うことなんてクソほどあるけど病気の自分もかわいーかわいーして2019は私が超幸せにしてやるからな

非日常

 

日常のことを書きます

 

最近も特に何かあったわけじゃない

入院して3週間経ちました

 

1週間前、ギャンブル依存症の男の子が

「施設に移動するための飛行機が欠便になった」と言って病棟に帰って来た

その時はなんの不信感もなく

話したり一緒に煙草吸ったりしていた

ただ私が喫煙所に行くまで外で何時間も待ってたり、部屋に来たり、連絡先を聞いてきたり、毎日お菓子を買ってきたり、気持ちわりーと思ってた

退院予定の日、看護師が監視カメラを囲んで

ざわざわしていた

違う部屋の男の人のロッカーが壊されてお金がごっそり盗まれてたらしい

それも何人も被害者がいて

10万近いお金が短期間に患者同士の中で動いていた

その人たちのほとんどはギャンブル男に金を貸していた

ギャンブル男はロッカーを壊して貸したものを取り返そうとしていたらしい

 

盗んだお金は全部パチンコに消えていた

 

病院は隠蔽すると言ってた

 

馬鹿みたい

 

私もちゃんと鍵をかけよう

 

つい3日前くらいには社交猶予付きのシャブ中が入院してきたのだけど、薬が抜けてないらしくハイになっててクソ怖い

元刑事って言ってたけど作り出された妄想かもな

 

先週は向かいの席に座っていた人が自殺した

 

私の仲良しなおじいちゃんはピストルの弾を背中で受けたらしい

 

変な環境にいて感覚が鈍っただけだと思っていたけど

根拠のない自信が不幸を作る

のだな

 

犯罪者との共同生活楽しんでる

今日も

知らないうちに自分は死んで

生まれ変わって

明日も生きて

明日も死んで

殺すことも生きることも

全部が作業的で

ただこなして

息をつないで

楽しいとか苦しいとか全部無視して

自分の動作に生を感じて

自分自身は見て見ぬふりをして

私が私を手に入れられないから

手に入れられそうなものを手に入れて

世界を自分のものにしたような気がして

でも結局、楽して手に入れたものなんてなんの価値もなく

寂しさを紛らわすために新しい何かに必死になるふりをして

結果は何も変わらなくても

自分が疲れている時だけ安心する

楽は毒で

苦は快感

なんておかしいけどな

何年も前から前に進んでるフリしてわざと周りが見えないようにしてきたから感覚がわからない

苦しんでる自分を客観視することだけに幸せを感じてた

それ以外思い出せない

 

明日も絶対私は私を認めてくれないじゃん

わたし

 

はやく

自分を作り上げたいのに

いつまでたっても未完成

 

最近は大森靖子を聴いても病まない

それくらい元気になった

 

イヤホンから言葉をかき集める

聞こえた言葉で自分を知る

そして自分を構成する

自分の中の弱さや恥ずかしさをかわいいに変える

平穏を保つ

 

自分で自分を操れないことも

全部自分のせいにする

全部思春期のせい

全部私の中の私が悪い

全部私のせいなんかじゃない

 

自分で自分を苦しめて

自分で自分の幸せを作る

自分以外の人に苦しめられることは許せないし

自分の幸せは自分で作らなきゃ満足できない

他人が作るものは不確かでしょ

 

私が一番に好きな人が私を一番に思ってなくても 私はきっとその子が大好きで

その子は私の嫌いな私を好きと言ってくれて

大好きな人が大好きな私を嫌いなわけないのにね

どうして許してあげられないのかな

結局私が執着してたのは、他人の目じゃなくて自分の目だった

のかもしれない

自分に嫌われたら終わりだ

私が私を好きでいたい

一生切れない私と私の関係を綺麗なものにして終わりたい

 

自分のことが好きだからこそいやになる

自分の嫌なとこなんて見たくないのに

嫌な自分を受け入れられない器の小さな自分が大っ嫌い

一個でも駄目なところを見つけると自分のことが嫌い

早く私を自由にしてあげたい

 

私の評価は私の中では絶対だから

私の人生には私しかいないから

私の正しいは絶対なのですがね

 

入院生活1週間が過ぎました

よくがんばってるな

となりの部屋にヤバイ人が入ってきた

日中はずーっとブツブツ言って廊下を歩いてるのに

夜はCONVERSE☆と書かれたキャップをかぶり、服は着替えず、俊足を履いたまま寝ていて爆笑した

ベッドも初期装備のままで爆笑してる

 

今日も一つ気づいたことを書く

 

私は今まで、自分のことが嫌いだと思っていた

でも最近気づいたのは、自分と他人はスペクトラムになっていて境界はないのかもしれない

ということ

 

そもそも他人や環境がなければ、私は病気になっていないし、もちろん存在すらしていない

環境が私を作っている

とも言える

 

私というものは、他人や環境の隙間にできた空間だとも思っている

さまざまな環境が密集して、そのわずかな隙間に私の名前が付いている

自分という物体はそもそもない

強いて言うなら概念みたいな

 

私には私の形があるじゃん と思うけど

それすら環境を作るためのただの形なのかもな

そうやって私も形としていることで、他人や環境を作れている

 

自分と他人が連体形になっているの

 

だからよく言えば私に全責任はない

だからと言って周りが悪いというわけでもない

正解不正解はそれぞれの中で決まる

もはや正解も不正解もないのだにゃ

 

私の不具合は、環境の不具合だから

 

うまく融合できなかった水と油が私にかかる

ことがあるだけ

 

だから理想と違った環境や他人をわざわざ作りかえようと悩むこともしなくていい

他人には他人の環境のバランスがある

環境に生きづらさを感じるなら、自分が動けばいいのだな

自分を変えることは自分の環境を変えることで

環境を変えることは自分を変えること

なのかもしれない

 

自分を好きになるためには、自分の好きな環境を作っちゃえばいいのだな〜と思う

 

明日から開放病棟にランクアップします

おわり